高校教師になるまでを振り返る
2003年4月3日 矢野 文剣(杜 文剣)
私は今年(2003年4月)から横浜市の高等学校で情報科の教師(臨任)をすることになった。ここでは高校教師になるまでの軌跡を、その時々に思ったことを交えて簡単にまとめてみた。今後は教育の世界で生きていくつもりである。初心を忘れることのないようここに今の気持ちを思うまま簡単に綴ってみた。一部私の偏った考えがあるかもしれないがご容赦ください。
■なぜ高校教師になりたいのか?
「教師は子供の成長を自分の喜びに変えられる唯一の職業である。また子供の人生に大きな影響を与える職業であると私は考える。」
いつから教師になりたいと思ったのだろう?小さい頃はプロ野球選手になりたかった。子供なら誰もが一度は夢みる職業だろう。習い事はよくやってきたほうだ。球技、体操、水泳、習字、そろばん、野外活動、お菓子作りまで幅広い。両親のおかげでいろいろな体験をさせてもらった。申し遅れたが両親は共に教師である。母は今保育園の園長先生、そして父は校長として今もなお教育の仕事に携わっている。その影響が今思えばとても大きいのではないだろうか。子供は親の背中をみて育つのである。
■高校教師になるまで
しかしすぐには教師になろうとしなかった。いやなれなかったのである。高校を卒業し、浪人を経験し、大学に入りいろいろな考えが頭をよぎったのである。悩みに悩んだ覚えが今でも鮮明に残ってる。大学までは変な言い方レールが敷かれていた。しかしその先のレールは自分で作っていくしかないのである。大学院に進むか?就職するか?はたまた何をしようか。。いろいろな不安が頭をよぎり目標を見失ったときがあった。3ヶ月くらい学校に行かず、被害妄想だけが大きくなり不登校(大学の研究室にいかなくなった)になったこともあった。つまり私はすべてを投げ出しで逃げたことがある。
そんな時支えてくれたのは両親をはじめとする家族、そして友人たちである。そのおかげで立ち直った。(簡単にいってはいるが立ち直るのに相当かかった)それ以降は、目標を再度確認し前進しはじめた。もともとこれからは情報化時代が来る、そして少なからず教育の世界に影響を与えると思って大学に進んでいた。そのため幸い目標にを取り戻すのは難しくなかった。そして一つの結論を出した。
「社会を経験しないで何を教えられるというのか?幅広い視野を養い、スキルを兼ね備え、しっかりとした考えをもった教師になろう」
社会の経験は絶対に必要だ。そして、私はとあるソフトウェア企業へ就職した。5年間この会社で社会の厳しさを学んだ。特に責任感を学んだ。幸い人間関係には恵まれ、理解のある上司、同僚、後輩に知り合えた。つらいこともたくさんあったが、私はもう逃げたくなかったのである。そしてやりぬいた。
教員免許は働きながら、通信大学で取得した。逃げた代償は大きかったのである。教育実習だけを行っていなかった。そのうち免許法がかわりえらい思いをした。いや今でもしてる、こんなに取る単位が増えてる!今年また通信大学に入る。中学の免許がないため横浜市が受験できない!でもそのおかげですばらしい経験ができた。何事も前向きに考えれるようになった。
そして今年縁があり、横浜市の高等学校へ情報科の教師として赴任することができた。
■どんな教師になりたいか?
まず最初に思うのは教師は子供の中で絶対的な存在なのだろうか?私が学生時代、こんな教師がいた。生徒の考えを理解せず、自分の考えが正しい、絶対であり押し付ける。これって正しいの?と思ったことは少しあったが、あの頃は深く考えなかった。
教師はたしかに子供にとって大きな影響力をもつのは事実だ。ただし、絶対ではない。私は子供と共存し、共に成長していこうと考えるのが一番大切なのではないかと考える。時代は変わったのである。教師はなんでも知っている一番えらい存在ではもうないのである。私は情報科の教員だからかもしれないが、たとえば、携帯電話の扱いなどは子供のほうが優れていると思うし、よく知っていると思う。そのときほど謙虚な気持ちで子供から教わろうという気持ちがないとだめだとおもう。
そしてやりたいことを見つける手伝いができる教師になりたい。夢といってもいいだろう。昨今、高校を卒業して、或いは大学を卒業してもやりたいことが見つからず、フリーターになる人が多い。それも一つの生き方といえばそれまでだが、どうも仕方なくなっているようにしか思えない。
やりたいこと、すぐに見つからないのは当然だと思う。しかし、見つけようとしないのはいけないと思う。さきほどレールの話をした。卒業したらレールはもう敷かれていない。そのとき次のレールを自分で敷けるように私は手伝いたい。
だからといって何もかも面倒をみようという気持ちはさらさらない。全てをやってやるほどお人よしではない。道を作るも作らないも子供たちしだいなのである。という意味では少し冷たい教師になるかもしれない。厳しさの中にも優しさをもって教師になりたい。子供は親の背中と同時に教師の背中をみて育つものだ。
■今後の目標は
教師生活ははじまったばかり。新人だ!まずはがむしゃらな気持ちで貪欲に勉強する。そして楽しむ気持ちを忘れない。「貫徹到底」という言葉がある。一度決めたからには最後までやりぬくことが大事だ。理想の教師像を追って日々努力しよう。
子供たちの個性を伸ばし、心の悩みを解決し、いつの日になるかわからないが、子供たちの中で「いい先生だったなぁ」と思い出に残る教師になりたい。はたして私はなれるだろうか?
■あとがき
文章を書くのが下手なのでうまく伝えられないことがあったとおもいます。また途中途中意味もなく脱線したりしてます。そして偉そうなこといってますが、私個人の勝手な考えですのでごめんなさい。お読みいただいたみなさま、ありがとうございます。